ゲゲゲの天使たち

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Photo by taka (7D)

最近、読んだ何かの本に、キリスト教でいう天使や妖精は、仏教でいう八百万の神である、というようなことが書いてあった。正確に引用しようと思って、どこに書いてあったのか探してみたけれど、見つからない。だから、読み違えているかもしれないけれど、ちょっと面白いので、ネタにしたくなった。

ぼくの中の八百万の神のイメージは、というと、ちょっと、ゲゲゲの鬼太郎の世界に似ている。でも、あれは妖怪たちだから、ちょっと違うかなと思ったりしながら、それでも姿かたちは似てるに違いない、とか想像していると、なんだか愉快だ。

以前、このブログで書いた記憶があるけれど、ぼくがスピに目覚める前のぼくの中の神さまの形は、海の神、山の神、八百万の神であった。少年の頃、里山探検をしているとき、たくさんの神さまの存在を感じた。どこに行っても神さまはいらっしゃって、ぼくを護ってくださる、と考えていた。その神さまのイメージが、ゲゲゲの仲間たちのようなイメージだ。

だけど、そのイメージはそのまま天使や妖精たちに置き換えも可能なのだ、と考えると、それはそれで面白い。ゲゲゲのおどろおどろしい音楽ではなく、いきなり讃美歌が流れるような気持ちになるから、ぼくのイメージもいい加減なものだ。

死後の世界も似たような感じなのではと思っている。

死んでから、転生するまでの間、彷徨う次元があるというけれど、そこは自分の信念や思想がそのまま形になって現れると言う。キリスト教の信念が強い人は、きっと教会が現れるし、仏教の信念が強い人はお寺が現れる。地獄に落ちると思っていた人は、地獄のような世界が現れる。

何かの信念に凝り固まってると、そんな自分で創りだした幻想に囚われて、なかなか次の転生まで辿り着けないらしい。

もっとも、死後の世界でなくても、何かに囚われたままだと、次のステップにすすめないのは、ぼくらがいるこの世でも、同じである。そういう意味では、凝り固まった信念を持つよりも、いい加減なぐらいがよいのかもしれない。そして、誤解を恐れずに言ってしまえば、信念など、無い方がいいのである。


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