愛してる?

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Photo by taka (7D)

あなたは、誰かに「愛してる」と言ったことはあるだろうか?
または、言われたことはあるだろうか。

OSHOは、講話録インナージャーニーの中で(「愛しているよ。」と誰かにいう時は、実は愛を与えているのではなく、愛を求めているのだ。)と言っている。本当だろうか。

ぼくが高校三年のときに付き合った彼女は、ぼくといるときはいつも「愛してる?」と口癖のように訊いた。少しぼくに寄りかかった姿勢で、長いサラサラの髪から顔をのぞかせて、彼女はぼくに「愛してる?」と訊いた。

彼女と付き合うまでのぼくは「好き」という言葉は使っても、「愛してる」という言葉を使うことはなく、そもそもそんな言葉を思い付いたことさえもなかったので、最初に「愛してる」という言葉を目の前で、まるでポケットから飴玉を出すみたいに、ぽこっと言われたときは、この子は、どうかしてるぞ?と思った。

でも、そのうち、彼女の「愛してる」は、ぼくにとって、なくてはならないものになっていた。その言葉を聞くとうれしくて仕方がないと思うようになっていた。そして、ぼくも「愛してる?」と訊くようになっていた。「愛してる」は気持ちを確かめ合う2人だけの儀式。あの時のぼくは、彼女にベタ惚れだったのである。

ところが、ある日、彼女は「愛してる?」と訊かなくなった。
それだけじゃない、ぼくが「愛してる?」と訊いても、応えてくれなくなった。

まるで、泉の水が突然枯れてしまったかのように、彼女の口から「愛してる」という言葉が出て来なくなった。

「愛してる?」と訊いたら「愛してる!」とか「うん!」と言って貰いたいのに、バツが悪そうな顔をしながら、「ありがとう」と言われたときは、(もう、こりゃダメだ。)と覚悟を決めた。

まあ、失恋してしまったわけだ。

あの頃の若いぼくは、「愛してる」という言葉に対して「愛してる」の返事がなければ、2人はおしまいだと思っていた。片想いになったのだから、恋人同士の継続は無理である。だから、おしまい、と思っても仕方がないことではある。

だが、今なら、今のぼくなら、違う解釈も出来る。

相手から「愛してる」の返事があろうがなかろうが、愛しているのは自分なのだから、好きなだけ愛し続けたらいいのだ。もちろん、相手に何かを強制するのではなく、自分の内面において、今まで通り、愛を育めばよいことだ。そして、なんだかつまらないなあと思ったり、片想いが辛くて耐えられないのであれば、やめたらいいのだ。誰も責めやしない。

「愛してる」の返事を求めてしまうのは、見返りを求める愛である。もちろん、あのときのぼくは見返りを求めていた。大好きな彼女とずっと付き合っていたい、なんとしても自分のものにしたい、と思っていた。ぼくは彼女がほしかった。ただの彼女ではない、ぼくを愛してくれる彼女が欲しかった。しかし、そんな彼女はもうどこにもいない。というよりも、もともとどこにもいなかった。ぼくがあのとき、首ったけになっていたのは、ぼくが作った彼女の像である。今なら、それは、わかる。

見返りが得られなくなったぼくは、失恋をした、という認識をして、その恋を終わらせた。彼女を愛することもやめようとした。彼女は得られないのだから、愛しても仕方がないという判断だ。ぼくは泣く泣く、ぼくの心の中に出来ていた彼女の像を、破壊した。

実は、ぼくは、今も彼女を愛しているなあと思う。けれど、見返りはまったくいらない。しばらく逢ってないし、これからもずっと逢うことがないかもしれないけれど、それでもいいから、ずっと愛していたいなあと思う。そして、もしも、彼女に対して、ぼくに何か出来ることがあれば、しようと思う。これは、彼女の像を破壊した結果、残った部分が真実だった、と書くとなんだか理屈っぽいけれど、まあ、そういうことなのだと思う。

さて、見返りを求めない愛は、そのあと、無条件の愛へと成長する。

無条件の愛は、愛する相手が幸せでいてくれれば、自分も幸せになる。極端な話、もしも、愛する人が自分以外の人を求めたとしても、或いは、どこかの誰かと浮気をしても、相手がそうしたければ、笑顔で送ってあげよう、というのが無条件の愛である。

但し、無条件の愛を気取って、本当は嫌なのに、浮気を認めてあげるのは、あまりお勧めしない。無条件の愛は、あなたに、愛する人のサンドバックになれ、と言っているわけではない。

今のぼくは、相手の愛を確かめる、という行為をしない。
そんなことをしても、なんにもならないからだ。

ぼくが、今、誰かに対して、愛しているという言葉を伝えるときは、恋愛等とは関係なく、「その人に対して純粋に想いが向いている」という状態で使う。想いが向いていると書くとなんだかわからなくなるけれど、一言で言えば、なんでも許せる想い、というような親近感を超えたもの、とでも言おうか。ぼくはこう見えて?人見知りするし、自分の中に入って来る人を極力避ける傾向があるので、なんでも許せるというのは、やはりかなり特別な想いなのである。そして、あえて伝えるのは、何かあったときは、いつでも頼りにしてください、という、まあ、ちょっとおせっかいな感じではあるけれど、そんな気持ちからである。

ただ、まだまだぼくが未熟なのは、恋愛とは関係なく、と言いながらも、その相手は、男性ではなく、女性に限る、ということである。


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