父の命日に

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Photo by taka (7D)

今日は、父の命日だ。
去年、17回忌をしたぐらいだから
亡くなったのは、随分前のことだが
今でも、この時期になると、
しんみりしてしまう。

夜に爪を切ると、親の死に目に会えないという。

ぼくは、子どもの頃から
ずっと、その言葉を信じていた。
夜に爪を切らないようにしていた。

だが、ぼくは父親の死に目に会えなかった。

(だから、今のぼくは平気で夜に爪を切る。)

父が死んだという連絡を受けたのは夕方だった。

連絡を受けて、すぐに準備をして
東北自動車道を使い、帰省したのだが
実家に着いたのは、翌朝だった。

心も身体も、ずっしりと重たかったことを覚えている。

重たくて重たくて
何度もパーキングエリアで休憩した。

出来るなら、帰りたくないと思った。
帰って父と会った瞬間に
現実を認めることになると思ったからだろうか。

「人間は死んでも状態が変わるだけで魂は生き続ける」

そんなような言葉を聞いただけでも
ずいぶんと心強く出来たかもしれないが
あいにく、まだ、スピリチュアルなんて知らない頃だ。

それでも、魂の存在は、なんとなく信じていたが
さすがに、実の親が亡くなったとなると
心は喪失感で埋め尽くされて、
他の想いを巡らせるような余裕はなかった。

救いだったのは
父の死に顔が、笑っていたこと。

これは、前にも書いたことがあるかな。
いいよね、何度でも書いて。

父は、笑っていた。

おどけるのが好きだった父は
よく、死んだふりをして、家族を笑わせていた。

そして、父も、死んだふりをしながら
自分でも可笑しかったのだろう。

死んだふりしてるのに、
顔は笑っていたことを覚えてる。

そんな父の死に顔は
死んだふりをしたときの顔と同じだった。

(なんだ、生きてるんじゃないか?)って
思ったぐらい。

そして、思わず、顔に手をあてたら
氷のように、冷たかった。

あまりの冷たさにびっくりして
両手で、父の顔を温めようとしていた。

温めたら、生き返るんじゃないのかって
まだ、間に合うかも、って本気で思って
父の左右の頬を挟むようにして温めた。

温めながら、ぼくは、泣いていた。

「笑ってる、笑ってる、よかった」
といいながら
ぼくは、涙が止まらなかった。

父に対して、ぼくは、何も出来ていなかった。
自分のことしか、考えていなかった。

自分を責めてはいけない、と思いつつ
過去を振り返り、冷静に自分を評価しても
やっぱり親不孝な子どもだった。

実は、父が亡くなった直後は
そんなことは、考えなかった。

だが、こうして、年月が過ぎれば過ぎるほど
反省と後悔のような気持ちが
どんどん膨らんでいる。

たぶん、父は、今頃何言ってんだ、と笑ってると思う。

先月、母まで失ってしまうのか、
という出来事があったのだが、
ある意味、奇跡のような偶然が重なって
結果的に、大丈夫、元気になった。

きっと、父がまもってくれてるのだろう。
それから、かわいがってた動物たちと。


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