311は、まだ終わっていない

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Photo by taka (7D)

311のことを書こうとしたんだけど
感情や記憶が止め処無く溢れて来て
ただただ長いだけの文章になってしまい
まとめ切れず、ボツにしてしまった。

テレビで、たまたま311関連の映像を見掛けると
ツボにハマるのか、不覚にも泣いてしまいそうになる。
だから、すぐにチャンネルを変えるか
その場から立ち去るようになった。

誰かと話していてもそうだ。

三陸のことなど、いろいろ聞かれて、説明をしているうちに
うっと嗚咽が来そうになり
これはまずいと周りに気付かれないように
話を中断したり終わらせてみたり。

どんなに辛い思い出も
だんだん風化していくものだけど
311に限って言えば、
確実に、年々、感情が増幅されている。

それで、最近、ずっと、
これは、いったいどういうことなんだろう、と考えていた。

そして、そのうちのひとつは、
まだ、311が終わってないからなのだ、
ということに、たった今、気づいた。

(もうひとつ思いついたこと、それはいつか書こう。)

311は終わっていない。
まだ、続いている。
ぼくらは、311を終わらせられないでいる。

311が終わったと思える日は
いつ来るんだろう。

もしも原発の事故がなければ
被災してから10年も経てば
みんな落ち着いた暮らしに戻れただろうか。

終わりに出来ない理由は
すぐにいくつか挙げられるけれど
多くの人たちに共通した思いとして
原発の問題が解決しない限り
311は終わったとは言えないのではないか。

となると、ぼくが生きているうちは
終わらない、ということになるのだろうか。

ぼくは、チェルノブイリの原発事故が起きる前から
原子力発電所の稼働には絶対反対だった。

それは、一度、事故が起きると
人間の手では、取り返しのつかない事態になる
可能性があることを想像していたからだ。

もちろん、今でも反対である。

だが、日本では、
また再稼働が始まってしまった。

再稼働を容認している地元の人たちは
事故が起こったときのイメージは
出来ているのだろうか。

福島で起こったことを
わが身に起こるものとして
疑似体験してみたのであろうか。

311と同じような事故が
日本のあちこちで起きてしまう日が
いつか来るのではないかと思うと
ぼくは、とても無力な気持ちになる。

311を体験した日本は
持ち前の素晴らしさを発揮して
苦難を乗り越え、より素晴らしい国に
成長していくのだ、と思っていた。

だが、今のぼくには
ぼくの想像とはまったく異なる
日本になりつつあるようにみえる。

いや、気づいていなかっただけで
もともと、そういう国だったのかも。

そんな風にも思えて来た。

311は終わってない。

ぼくらは、311で経験したことを
しっかりと受け止めない限り
永遠に311は終わらないのだと思う。


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