桜を見て、桜と思う前の桜を鑑賞する

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photo by taka (X2)

今日は、朝から雨だったけれど、暖かい日になった。
明後日ぐらいには、また寒い日に戻るらしいが
これから、だんだん、だんだん、このような日が増えていく。

花たちの季節がやってきた。

菜の花、木蓮、たんぽぽ、こぶし、桜。

桜が散ると、銀杏並木の葉っぱが一斉に芽吹き、
それから、チューリップ、つつじ、はなみずき。

そして、あじさい、あさがお、ひまわり。

まだまだ、いろんな花があるのだろうけど
ぼくが思い出せるのはこれぐらい。

神さまは、なぜ、花をつくったのだろう。
しかも、これほどまでに、多様な花たちを。

単なる生殖機能として成立させるだけならば
どの花も同じ形でもよかったのに。

地球上の自然のことについて
ぼくらは、ほとんど、解明したような気でいるけれど
それは、自然界のサンプルを細かくバラバラにし
独りよがりに分析して、わかったつもりになってるだけだ。

ほんとは、わからないことの方がだんぜん多い。

例えば、桜の花は、なぜ、あのような形をしているのか
世界中で知っている人は、一人もいないのではないか。

それは、永遠にわからないこと、なのだと思う。
桜だけが知っている桜の秘密。

ぼくらは、桜を見て、あ、桜だ、と思う。

これを認識、と言うけれど
人間の認識なんて、見えたものを
記憶と照らし合わせて花の種類を思い出し
「桜」と書いたラベルを付けて、満足して、終わり。

鑑賞しているつもりかもしれないが
単なる分別をしているだけである。

桜を見て、即座に「桜だ」と思うのはいいけれど
見えている桜は、他のどの桜とも違う。

だから、桜を桜と思いながら見ず
桜を見て、桜と思う前の桜を鑑賞したい。

分別なんかせず、
ただただ、目の前の桜の
ありのままに感動したい。

だが、それはなかなかむずかしい。
どうにか出来ないものか、と思っている。


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