週末を過ごしながら

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Photo by taka (7D)

日曜の夜、明日に向けて、この憂鬱な気分。気分だけでなく、体調も低下して、なんだかだるさと胃のむかむかした感じに襲われて。いい歳をした大人の男が。なんとまあ情けないことか(笑)

会社勤めをしたり、仲間と会社を興したり、いろいろやってみたけれど、どうも、ぼくという人間は、組織というものが苦手で、サラリーマンとして生きるのが、だんだん苦痛になって来て、いつの日か、独立し、フリーランサーの道を選んだ。20年ぐらい前のことである。

フリーなのだから、自分で仕事を決められるのだが、最近の仕事は月契約で請けているため、そこの元請け会社に合わせて出勤しなくてはならない。合わせるのは時間だけでなく、まあ、ほとんどすべてであるからして、納得いかないことも理不尽に感じることもあるけれど、(文句 意見を言いながらも)我慢してやっているわけで。

嫌ならやめればいいし、自分でやればいいのだけれど、以前のように最初から最後までひとりでやってやる!という意欲もわかず、そこがまた情けないのである。

だが、この仕事、何か(ソフトウェアなど)を提供すれば、それをお客さんが使っている間、まあ、大体10年ぐらいはサポートをするつもりで仕事を請けないと無責任である。若いときなら出来たけれど、そろそろ引退を考えているぼくのようなフリーランサーではサポートし切れないなあなどと思うと、意欲があったとしても、無責任に、請けてはいけないのである。

例えば、そろそろ30年の付き合いになる、どこの会社も通さずに直接取引している近所の企業があるけれど、ここ数年、新しい仕事はお断りしている。

ここで動いている中核のソフトウェアは、ぼくがつくったものだ。

要件分析から設計、開発までぼく1人で構築した、と書くと小さなシステムのようだが、制御機械と連動しながら売上や請求・入金まで行う本格的なシステムである。

これらのシステムは、現時点でも、ほとんど障害を起こすことなく元気に動いているけれど、いつかシステムを入れ替えるときは、大手のソフトウェアを入れてください、とお勧めしている。もうぼくはお世話出来ないと思っているからだ。

とは言え、お客さんのやりたいことを分析して、要件をまとめ、設計してプログラミングを行うといった一連の流れでソフトウェアを構築し、出来たものを実際に使って頂いたり、日々の運用のお世話をするのは、とても楽しいことだ。

このように、仕事自体は、ぼくにとって、とても楽しいことなんだけど、こうして憂鬱になるのは、やはり自分主導で仕事が出来ないことに原因がある。

そう書くとなんだかわがままな話だけれど、政治的な要素や人間関係、或いは組織や派閥など、ぼくにとっては(多分、システムにとっても)どうでもいいことの方が優先されて、肝心の部分は後回しになってしまうことに疲れてしまうのだ。

それから、まったく別な理由になるけれど、仕事している最中に、また大地震のような災害が起こったら嫌だな、という気持ちもある。

ぼくの家から仕事場までは通勤2時間弱、東日本大震災のときは歩いて8時間。

自分が守るべき家、と書くと大袈裟だけれど、家族や大切な人たちから離れて、災害時のリスクの高いところに向かわなければならないことに対する情けなさ、のようなものもある。

どちらの理由も、大手の会社から仕事を請け負っているうちは、抜け出せないことだ。

だから、他の何かを、と考えて、いくつかアイデアをまとめつつあるのだが、これがなかなか実行に移せず、そんな中で、大手の仕事が途切れることもなくどんどん発注されるので、ついつい請けてしまって、結局、現状に甘えているのである。

甘えながら、もがいているのである。
ああ、情けない(笑)

ところで、この週末は、少し部屋を片付けた。

ぼくの部屋は、とても他人にお見せ出来るような状態にないほど、モノが溢れており、たまには片付けようと思っても、途方に暮れてしまうほどである。

で、やっと思い立って、とりあえず半日かけて、机まわりの不用品を片付けた。

この調子で、毎週少しずつ片付けて、年末までには随分片付いた、と言えるようなところまで続けたいと思う。

片付けると、やはり気分が変化する。

これはスピリチュアルの世界でもよく言われることだけれど、どんな空間に身を置くのか、ということは、自分がどう在るかという部分につながるような気がして、それはとても大切なことなのだろうな、と改めて思ったり。


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