やさしさのカタチ

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Photo by taka (IXY400)

昨日まで降り続いていた雨が止み、青空が広がる清々しい日になった。梅雨の中休みである。大自然の循環により大地から蒸発する水たちは、自らをもとにして、新緑と土の香りをブレンドし、そこにある季節をはっきりとしたコントラストで色付けした。春の終わりを告げる緩やかな風は、この特別なときを、可能な限り印象深く演出しようとしているかのように、優しくぼくらを包んだ。

そのとき、ハタチのぼくは、それまで2年間付き合っていた彼女と、バス停でバスを待っていたのである。それは、長い別れ話の後のことだった。

ぼくは別れたくなかったのである。しかし、彼女の気持ちは、もう、ぼくの知らない、手の届かない、どこか知らない、他のところにあった。ぼくは、諦めるしかなかった。

彼女の気持ちの変化に気付いたのは、その日から一週間ぐらい前のことだった。彼女に電話をしたとき、受話器の向こうにいる彼女は、いつもの彼女ではなかった。どこかよそよそしく、なにか、もうつながりが切れてしまったかのように感じた。

胸騒ぎが止まらなくなったぼくは、彼女に逢いに行くことにした。直接逢って、彼女の心に触れることで、気持ちを確かめようと思ったのだ。それがその日から、3日前のことである。当時、ぼくらは遠距離恋愛をしており、まだ新幹線がなかったから、夜行列車を使って一晩かけて辿り着いた。

1人暮らしを始めたばかりの彼女の家に着き、逢った瞬間、ぼくは、ぼくたちの恋愛が終了していることをすぐに確信した。ぼくの理性は、再会して5秒か10秒ぐらいで、この恋の継続が、ままならないことを悟った。

だが、ぼくの感情は、すぐには納得しなかった。現実を認めようとしなかった。過去の想い出を、あれこれ引っ張り出しながら、うまくいっていた頃の2人に戻れる可能性を見つけようとして、もがいていた。しかし、どうあがこうが、2人は、もう、終わっていたのだ。ぼくの感情が、そのことを納得するまでに、まる3日かかった。

あのとき、ぼくは、あの手この手を使って、彼女の気を引こうとした。しかし、彼女は、ぼくの感情から溢れた想いを、一切受けとめなかったのである。それは徹底していた。ぼくの感情は、そんな彼女の変化を理解出来ず、パニックしていたと思う。

けれど、今思えば、彼女は、ぼくの想いを受けとめないことが、やさしさであることを知っていたのだ。中途半端に想いを受けとめることは、お互いの心に嘘をつくことにもなる。

それと、ぼくのぜんたいが、納得して、落ち着くまで3日間、彼女は、ぼくが彼女のすぐそばにいることを許してくれた。決して、家から追い出そうとはせず、ぼくの心や身体を、待ってくれた。そのことも、彼女なりのやさしさだったのだと思う。

そんなわけで、ぼくは、失恋の痛みから立ち直るまでの期間を短縮出来たような気がするし、なによりぼくと彼女の関係が、形を保ったまま完了出来たように思う。

バスを待っている間、とてもさみしかったことを覚えている。バスが来たら、そこで、ぼくと彼女の歴史の幕が閉じるのだ、バスなんか来なければいい、と思っていた。

しかし、バスは来た。バスのタラップに足をかけ、ワンマンバスの整理券を抜き、それから、後ろを振り向いたところで、ドアが閉まった。窓から、遠ざかっていく彼女の姿をみながら、もう永遠に会えないのだ、と思った。


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