ありがとう 2013

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Photo by taka (7D)

あっと言う間に大晦日の夕暮れ時。ただでさえ感傷的になるこのときに、大瀧詠一さんの訃報も飛び込んできて、終わりゆく2013年に泣けて来て仕方がない。

一般的な感覚かどうかわからないけれど、ぼくは、その時々の状況で、聴ける曲、聴けない曲が、はっきりと分かれる。どんなに好きな曲でも、状況が合わなければ、聴きたいと思わない。

例えば、仕事に向かう混んだ通勤電車の中では、邦楽を聴くことが出来ない。このようなとき、自分を騙し騙し、何とか行動している状態なので、日本語の音楽を聴くと、ハートに対して刺激が強すぎるのだと思う。(この感覚通じるかな?)従って、このようなときは、アップテンポの洋楽を聴くか、或いは、瞑想用の音楽や波などの自然音を聴いている。

そんなぼくだけど、状況に関係なくいつでも聴ける邦楽の人がいる。それが、大瀧詠一さんであり名盤「A LONG VACATION」だ。

大瀧詠一さんの軽やかな楽曲は、そのまま聴き流してしまいそうになるほどふわふわだけれど、実は、どこを切り取っても、「どんなときでも人生楽しまないとダメだよ!」というメッセージでいっぱいなのであった。

大瀧詠一さん、ありがとうございました。
これからも、大瀧さんの楽曲の数々は、ぼくの大切な必需品として、ずっと聴いていきたいと思います。

2012年は、マヤ文明やアセンションの話で、盛り上がっていたような気がするけれど、3次元的な視点では、特に何も起こらず、2013年を迎えた。

それに比べれば、今年2013年は、特に話題もなく、人間のエゴと政治の暴走だけが目に付く、乱暴な年になってしまったように思えるけれど、実際のところ、ぼくは2012年が終わった段階で、目に見えない変容がもたらされ、2013年は変容の花が、静かに開き始めた、とても大切な一年だったのだと思っている。

年明けにそんな気がして、その後、ああ、やはりなんか違う、と感じ、今では、それは確信になっている。うまく言えなけれど、とにかく、何もかもが変容したのである。

だから、ぼくの世界観で捉えれば、2012年の暮れ、やはり何かが起こったのだ。

それは何かの始まりだったのか終わりだったのかわからないけれど、確かに起こった。起こった結果が今、この状態であるのだ、と思っている。

もっとも大きな変化としては、二元論の端と端の距離感が拡がったことだろうか。

今までは、白と黒とグレーに分けられていたものが、真っ白と真っ黒に分かれる、みたいなそれぞれの状態が極端に増幅されて真ん中がなくなって来たような感じだ。

それは、例えば、自然現象に現れ、極端な天地異変を引き起こし、猛烈な台風や、激しい寒気や熱気に見舞われ、大きな地震や津波が起こり、火山の活動も活発になる、みたいな。

同様に、人間社会にも現れ、人々の行動が極端に分かれているようにも思える。例えば、限りなくお金を崇拝する人と、お金なしで生きようとする人。武力を用いても国の利益を守ろうとする人と、武力を放棄して国の境目をなくしてみんなで分け合おうとする人。

それから、これはほとんど妄想だと思うけれど、人間本体が物理的に変化してきたような気もする。これは公共の場にいてと感じることだが、人間が何種類かに枝分かれしたように思う。何が違うのかわからないけれど、それは個々が発している波動かもしれないし、匂いかもしれない。アセンションでDNAの鎖の数が変化すると聞いたことがあるけれど、何かが変わっているように感じる。

もちろん、誰が善で、誰が悪とか、そういう話ではない。
みえるもの、みえないもの、或いは、物理的、論理的、の両面で両極の距離が拡がって来たように感じるという話だ。

2013年は、2012年に起こった変容の芽を、育てた年だったのかもしれない。
だとすれば、ぼくには、とても健やかにすくすくと変容の形が育っているように見える。

とは言え、変容そのものの正体がわからないので、2014年は、どうなってしまうのだろうか、という不安はある。不安に想うこと自体、スピリチュアルではないのだけれど、やはり不安は隠せない。

しかし、ここでまとめるとすれば、やはり、「今ここ」で「ふんわり」と「生きる。」ではないだろうか。

2011年の東日本大震災の前から、ぼくは、「明日が来ない日がいつか来るかもしれない。」「日常が続くのは奇跡である。」と思ってきた。実際に、あの大地震が来たとき、とうとう来たか、と思い、心が準備された状態で埼玉まで歩いて帰った。帰宅困難者、という言葉は全く浮かばなかった。津波のことは勿論心配だったけれど。

「日常が続くのは奇跡である。」という言葉は、想像も出来ない言葉だと思う方もいらっしゃるかもしれないけれど、実際、あの日、三陸で津波の被害に遭われた方や原発に関係して避難を強いられた人たちにとっては、もうあの日常は戻って来ない。

あの災害で幸運なことがひとつだけあったとすれば、まだ日本は存在している、ということだと思う。何かの理由で、日本が、世界が、そっくりそのまま消えてしまうことだってあるのだ。ぼくらは地球を征服したつもりで生きているけれど、ぼくらは、地球上の薄皮の部分(大気)に張り付いたように生きている微生物のような存在でもある。そう考えたら、今、このとき、こうしていられることは、なんてミラクルなんだろうと思う。だから、どうした?って話ではなく、そうなんだ、ということを理解した上で、生きていたと思う。

2014年は、そういう意識を持つ方がもっと増えると感じている。
ぼくももっともっと真実に近づくよう精進したい。

そして、そこに辿り付くための下地になってくれた、間もなく過ぎゆくこの2013年に、ぼくはせいいっぱい感謝をしたい。

多くのことを思い出させてくれて、本当にありがとう。

さて、今年から始めた「地球LOVE」です。

「地球を救え!プレミアム」のように、検索エンジンや他のブログを辿って、沢山の方が読みに来るわけではなく、少数の常連さんが、ぼくの生存を確かめてくれるかのように、そっとページを開いて、温かい愛で読んでくださってることを、日々感じています。本当に、ありがとうございます。

まだまだエゴの部分で書いてしまうことも多いですが、、それも今のぼく。もしも変容の話が、ぼくの気のせいでなければ、だんだんハートの部分で書けるようになると思います。

そんな変化を見守って頂けたらと思います。

2013年、ありがとうございました。
みなさま、良いお年を迎えますよう。

天空の神、大地の神。
土、水、火、風の神。
みえるもの、みえないもの。
この地球、この宇宙に在られる
すべてに感謝します。

愛と光、それから、
永遠なる命に感謝します。

光あれ。


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