OSHOを読む

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Photo by taka (31MR)

先月ぐらいから、あちこちでOSHOの「Joy」という本を見掛けていた。本屋さんで何度かスルーしても、何度も何度も目の前に登場する。ネットをしていても何度も何度も出てくる。ああ、これはメッセージだなと感じて、今月の初め頃、手に入れて、読んでみた。

最近は、本ばかり買っている気がする。以前のように仕事帰りにちょっと一杯、というのをやめてしまったので、飲み代に比べたら安いもんだ、とかなんとか言いながら、買い漁っている。気になるとすぐに注文してしまい、本棚に入り切れずに積み上げて、最後まで読み通すこともなく、拾い読みしているような感じである。

ところが、「Joy」は、一気に読んでしまった。最近では珍しいことである。「それは在る」以来かな。とても面白かった。わくわくしながら読めた。そして、これは、他のOSHOの本も読んでみなくては、と、先日、何冊か取り寄せた。そして今日、そのうちの一冊を、読み終えた。こちらは「インナー・ジャーニー – 内なる旅」という本である。

それぞれの本の内容は、もしも興味がある方は、ネットで調べて頂くとして(いつかこのサイトのBOOKSコーナーに書くかもしれないけれど)、何が面白いかと言えば、ぼくとの距離感が絶妙なのである。

江原さんや神との対話のニールさんとの距離感は、本を沢山読んだせいか、とても近く感じる。近過ぎて、どの本を読んでも同じことが書いてあるように思えるぐらい近い。そしてOSHOの本は、そこから少し遠くにある。近いところもあるけれど、遠いところもある。遠いところにあるものは、目を細めてみるんだけど、なかなか見えない。でも、興味がそそられているから、見たくて、我慢出来ず、こちらから近寄ってしまう。そんな感じ。

奇跡のコースも絶妙な距離感だなと思った。だが、それよりも絶妙である。もちろん、そんなことをOSHOは考えていたわけではないのだけれど。

ただし、まだ2冊読んだだけだ。もう少し読むと感じも変わるかもしれない。それは読んでみないとわからない。

ちなみに、ぼくは今まで大きな誤解をしていた。

ぼくは、OSHOは、日本の坊さんが、本を書いていると思っていたのである。日本人のくせに、ローマ字にしやがって、漢字でいいではないか、などと勝手に思っていた。しかし、インドの人だったのである。そして、漢字で和尚と付けたかったらしい。この辺りは詳しくはわからない。そして、波乱万丈な感じでこの世を去ったようだ。こちらの方も、落ち着いたらゆっくりと調べてみたいと思う。ただ、今は、あまり彼に先入観を持たずに、ここにある本を読んでしまいたい。

「神との対話」や「それは在る」を面白く読めた方には、「Joy」はおすすめだと思う。


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