タティングレースで、こころのリハビリ

あれから5週間。余震の回数もかなり減って、気持ちはようやく日常に戻れたような気がしています。とはいえ、道を歩くと不自然な段差につまづきそうになるし、家に戻るたびにドア周りの亀裂を見せつけられるのだけれど、結局のところ、それも日常のひとつになってしまったってことなのかもしれません。

本震後10日程で電気、ガス、水道は整ったものの、しばらくは違う世界を生きているようで、心は落ち着かず、からだもだるく、家にいると何をする気持ちにもなれない日々が続きました。この状況をなんとかしたいと、大好きな(はずの)タティングレースを無理やり編み始め、ひとつ小作品が完成したとき、ようやく以前の自分に戻れたような気がしたのでした。

さて、今でも人が集まるとまだまだ話題はひとつ。それそれが自分の体験を語る。一時期、街じゅうにその話題しかないことをとてもしんどく思ったことがありましたが、今は、それはきっと大切なことなのだろうと考えるようになりました。会う人会う人に話をすることで、そして同じ恐怖を味わった者同士いたわり合うことで、少しずつ少しずつ固まった心を溶かしていく。

それにしても今回の地震体験で得た教訓は、「もう、なんでも起こりうる!」ってこと。だから、リアルすぎてどきどきしたものの、それでもどこか他人事のような気がして読んだ石黒耀さんの『死都日本』に描かれていたあの火山の大噴火も、もう私のなかでは充分にあり得る話になりました。ただ、本当に起こったら、わたしあっという間に消えちゃうんだよな。

タティング