NSPを聴きながら、とりとめもなく過去を思い出す

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Photo by taka (7D)

NSPの「線香花火」という曲がある。
結構、流行ったと思うので
ご存知の方もいらっしゃるかも。

この「線香花火」が入っている
アルバム「シャツのほころび 涙のかけら」は
ぼくが中学2年のときに発表された。

そんな細かいことは、
もちろん覚えてたわけじゃないけれど
さっき「線香花火」を聴いていたら
中2のときの修学旅行で訪れた
本郷の古びた旅館を思い出したのである。

一泊して朝、出発のため
みんなで玄関の外に集合した。

天気がよく陽がさんさんとしており
玄関の石畳が輝いていたっけ。

その情景が、線香花火を聴いているときに
突然、鮮明に、よみがえったのである。

それで、あれれと思って調べたら
ちょうど、そのころ、発表されたものだった。

自分の歴史を思い出すとき
年齢と出来事が
結びつかないときがあるけれど
その時に流行ってた音楽などは
充実した手掛かりになる場合が多い。

ぼくにとってのNSPは
高校卒業後の上京によって
忘れ去られたもの、となった。

たまに思い出すことがあっても
特に聴きたい、とは思わなかった。

地元に置いて来た
たくさんのものたちのなかに
NSPも入っていたのだと思う。

あんなに好きだったNSPも
過去のもの、になっていたのだ。

ところが、社会人になって
がむしゃらに働いて働いて
それなりに、のぼりつめたところで
がくん、と落ちたとき
急に、NSPを聴きたくなったのである。

さっそく買いに行ったのは、
もう、店はないかもしれないけれど
有楽町のインズのなかのHMVで
NSPのCDを見つけた。

それがこの
アルバム「シャツのほころび 涙のかけら」だった。

そのときの「あ、あった・・・。」と
思ったときの情景も覚えているので
さきほどの本郷の旅館と同様
なにか、このアルバムは
ぼくの過去の扉を開ける
鍵になっているのかも(笑)

多分、あの頃が、何かの節目だったのだろうと思う。
「俺たちの旅」風に言えば
人生の最初の踊り場に辿り着いたころ、だろうか。

人間関係の構築や継続が
途端に苦手になり
仕事に対する意欲も
無くなったとは言わないけど
なんというか、複雑に変質した。

そんな時期に、NSPのように
中学高校の頃に聴いていた音楽を
また聴いてみたいという願望が強くなった。

それから、しばらく経って
NSPの天野さんが亡くなってしまった。

ぼくは、追悼のつもりで
20枚近くあるオリジナルアルバムの一気買いをした。

だから、今は、あの頃に戻ろうと思えば
NSPの歌とともに、いつでも戻ることが出来る。

このような過去を懐かしんでやまない気持ちは
老化してきたことによるものだろうか。
例えば、更年期障害の表れであるとか。

それとも、どこか人生について
間違った道を歩んでしまったかもしれない、
というような気持ちがあって
あの頃に戻ってやりなおしたい
というようなものだろうか。

あの頃、NSPをリアルタイムで聴いていたころは
夢を夢としてみることができる
とてもくつろいだときを過ごしていたなあと思う。

あのくつろぎは
いまだって、感じることが出来るはずなのだが
凝り固まったぼくのなかのぼくは
なかなかその境地に辿り着けない。


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