ねこのしあわせ

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Photo by taka (31MR)

近くで寝息が聞こえる。たまに寝言も。ぼくの机の隣にある棚のプリンターの上で、ねこが寝ているのだ。ぼくは、今、机の前に座っており、ねこは、右斜め上の方向である。そっと顔をのぞくと、無防備な顔が見える。

先日、ここのブログに書いた左目の涙目の症状は、おさまり、今はぱっちりおめめに戻った。元気なのはなによりである。

動物病院の先生は、再発するかもしれない、と言っていたので、毎日、使い切るまでと目薬を点眼しながら、注意してみているが、今のところ大丈夫だ。それに、今回、信頼出来る先生と出会えたのでよかった。大きな病気をしてから先生を探すのは、大変なことだから、評判のよい動物病院を探しておかなければ、と思い始めていたときだった。

先代のねこのときよりも、なにかと心配になる。

そうなってしまう理由は、なぜかわからないけれど、野良ネコで保護された後、飛行機に乗ってぼくのところまで来てしまうような数奇な運命や、彼女(ねこのことね)に関わった人たちのことなどを思うと、なんとか、ぼくが人間を代表して、償わなければ、というような気持ちが湧いて来るのは確かだ。

一緒にいるときも、外にいるときも、彼女のことを考えるとき、まずは今、彼女がしあわせな気持ちでいるだろうか、ということを思う。

寂しそうな顔をしていると、母猫や兄弟猫のこと、あるいは以前の飼い主たちのことを考えているのかな、と思ったりする。

うれしそうな顔をしていると、うちに来てくれてよかった、とぼくまでうれしくなる。

動物写真家の岩合さんは、猫の幸せに住める土地は、人も幸せなのではないか、というようなことを仰っていた。ぼくも、120%その通りだと思う。猫たちが幸せに暮らせる場所では、人間たちも幸せに暮らしいる。人間たちが幸せに暮らしている場所では、猫たちも幸せに暮らしている。

野良猫を見掛けるとき、がんばれよ!と思う。
どうか、幸せな心持ちで一生を全う出来るように、と祈る。

そう思うのは、今の日本は、猫にとって(そして人間にとっても)必ずしも優しい環境であるとは言えないと思っているからだ。

まっすぐに、ひたむきに生きようとしている命があっても、それを簡単には許してくれないところだと思っているからだ。

ぼくも彼女も元気なうちに、だから、まあ、出来れば数年以内に、のほほんと暮らせる土地に引っ越ししたい。

出来るだけ、一緒にいられる時間が長くとれるように、
一緒にいられないときでも、心配しないでいられるように。


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