ずっしりとした朝の気分の原因

メンタルがヤバいのかなと思ったのは、いつからだったか。

平日の朝、支度して出勤、満員電車に乗って都内の仕事場へ、の時代は
早起きや人混みに囲まれるのが嫌だったから
朝起きるのも辛く感じて当然と思っていた。

休日の朝は、まあまあいい気分だったから
単純に通勤が嫌だから平日の朝が苦手と思っていたのだろう。

しかし、在宅勤務になっても、朝の嫌な気分は消えなかった。
早起きしなくても通勤しなくても慣れた部屋で仕事するだけなのに
むしろ、ひどくなっている気がする。
なにしろ、休日の朝までも、起きるのが辛く感じるのだから。

何かしたいことを思いながら、わくわくして起床する、
ということがほとんどなくなり
迂闊に起きてしまったら、つまらないことが起きそうだ、みたいな
すごく身構えた気分になってしまっているのである。

これって、結構ヤバいんじゃないか?

何だろう、自分のやってることに
価値を見出せない状態、とでもいうのだろうか。
極端に言えば、生きてても仕方ない、みたいな。

かといって、死にたいわけでもなく、むしろ長生きしたい。
そう思えることが、自分では救いではある。

理由のひとつに、社会と接することへの恐怖というのはあると思う。
出来れば、ひっそりと静かに暮らしたいと思ってるし
請け負う仕事がないときは、
部屋にひきこもって1年近く、きままにプログラミングなどしながら
結構、楽しくやっていたから。

今は、仕事をもらって報酬を得ている。
すべて在宅を条件に受注してるのだが
在宅勤務とはいえ、リモート会議は結構多い。

仕様書を渡されてじっくりと腰を据えて
設計やプログラミングをするような仕事なら
それほどでもないのだろうが、コンサルやPMOのような仕事は
リモートで打ち合わせを頻繁にしながら、仕事を進めていく。

そういう意味では、物理的には自宅にいるけど
論理的には社会のまっただ中で活動しているといえる。
常に社会と接しながらストレスや恐怖心を感じている状態である。

 #それらの好ましくない感情は、自分の脳内で勝手に生成してる、
 #というのはわかってるんだけどね。

この恐怖心を、どうにか弱めることは出来るだろうか。
それとも、今後の人生として
社会に接することなく生きなさい、ということなのだろうか。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ こころの風景へ

人気ブログランキング ナチュラルライフ