猫耳のような耳を持つ猫

3月3日で81歳になるオットの父親が免許更新をしなくてはならなくなり、昨日から泊まりがけで我が家に来ました。

朝から近くの自動車学校で高齢者講習を受け、午後免許センターで免許の更新をするという計画をオットが立て、前日のお迎えから、それぞれの場所への送迎、免許センターではずっと付き添い、そして家に送り届けるところまで、オットは黙々とやっていました。わたしは、夜、朝、昼の三食を用意したのと、あとは、なんとなく移動の車に同乗していただけ。

自分の車を持っている人が免許の更新をするのに送り迎えが必要なんて、本当はおかしな話です。でも悲しいかな、それが現実。昨今の高齢者による自動車事故を考えると、できることなら運転して欲しくない。けれども、地方都市のさらに地方になると、公共交通機関はあるんだかないんだか状態。車なしでは生活がほぼ成り立たないのです。

お国のあれこれを決定される方々が早急に画期的対策を講じて下さることを心から望んでいます。

さて、今日のお駄賃 といって義父がささやかなお小遣いをくれたそうで、帰り道、それでお茶することになりました。上の写真はその時のもの。実はこの写真で写したかったのは猫さん。慌てたけれどぎりぎり間に合いましたよ。さてどこにいるでしょう。(わからないよなぁ)

ちなみにこの子の普段の居場所はレジのカウンターの上。下はその写真。見てのとおり、猫耳のような耳を持つ猫ちゃんなのですよ。

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立春 高山なおみさん、そして池田晶子さん

凍りつきそうな寒さのなかにあっても木蓮や桜の蕾が春に向けて確実に成長しているのを見て、ワタシもじっと立ち止まって寒さを堪えているばかりではいけない  とずっとココロでは思っていたけれど、いよいよ暦も春になって、さすがに動かなければと思ったわけです。

そういうわけで、日記再開します。とりあえずだけど。

昨日今日と続けて、たまたま同じ会場で作家さん関係の集まりに参加しました。
3日は、高山なおみさんの講演会。
料理家であり文筆家であり絵本作家でもある高山さん。ワタシより歳上だけれども、なんだか可愛らしくてしようがない。それは、見かけの問題ではなく(見た目もとても可愛らしいけど)、心が本当にピュアだから、子どものまんまだから。
すでに出版されている2冊ともうじき出版される1冊の合わせて3冊の絵本を読み聞かせて下さいましたが、その時間はしばし異空間(=高山さんの心の深いところ) へふわふわと。なにしろ、彼女の実体験、彼女まるまるそのまんまのお話が、彼女の声で語られるわけで。
サイン会では、絵本でもエッセイでもなくお料理の本にサインをしていただきました。

4日は、10年前にお亡くなりになった美しき哲学者、池田晶子さんとかつてお手紙のやり取りをなさった体験を持つ林哲平さんに、池田晶子における真理等々についてのお話をうかがいました。
「存在するもの」と「存在すること」
言葉そのものはすでに存在する特定のものであり、実体としては存在しないが普遍性を持つ「存在すること」をその言葉では説明できない。(…みたいな話。あくまでもワタシの受け取りかただけど。)

そしてその表現できないもののイメージを無理を承知で精一杯図式化して説明して下さる林さんの真摯なお姿はありがたくすばらしかった。難しいんだけどわかりやすくって、ワタシにとってはもう、わくわく以外のなにものでもない楽しい時間を過ごさせていただきました。

それにしても、同じ会場で開催されたこの二つの会の参加者の雰囲気がそれぞれ全く違っていたのは面白かった。でも、そのどちらも楽しめたワタシってどうなのでしょうね。

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夢記

大宰府の蓮

ここ数日、とてもリアルな夢を見続けていて、二つの世界を生きてるのではないかと思ったりするくらい。現実にはとてもありえないような夢ならば、なにかのメッセージではないかと思ったりもするのですが、あってもおかしくないようなシチュエーション(でも絶対ないけど)。それが毎日毎日続くので、記録して分析してみるかなんて思っていたところでした。

 

昨日、太宰府市の九州国立博物館に「鳥獣戯画」を見に行きました。擬人化された動物たちがなんとも愛らしく面白おかしく、実物を拝見できたことは本当にありがたいありがたい。ただ1時間を超える待ち時間にもかかわらず、展示室に入ると立ち止まることも後戻りすることも許されず、あっという間にお目当ての絵巻物とはお別れ。でも、そこには思いがけない新しい出会いがありました。

超いい加減なわたしは、博物館に行くまで(正しくは展示場内に入るまで)わかっていなかったのですが、そもそもこの展覧会、「京都 高山寺と明恵上人」の展覧会だったのです。その中の特別公開として「鳥獣戯画」も展示されていたわけでして。そういうわけで、思いがけなく明恵上人と出会ってしまった。

お釈迦様”激ラブ”(この表現は、展示場の説明にあった)で、真剣にインド行きを願っていた明恵上人さん。知れば知るほど、自分に近いものを感じてしまったのです。まったくおそれ多いこととは存じております、ごめんなさい。で、その明恵さん、40年間夢の日記をつけ続けていたそうで。宗教的なものや日常のもの、色っぽいものまですべて内容を隠さず「夢記(ゆめのき)」に記録しています。明恵さんにとっては、夢は単に寝ている時に見るものではなく、現実の体験と同じくらいに大事なもので、夢のお告げに従ったり、夢の意味を考察したりしたそうです。

 

この明恵さんとの出会いもきっとなにかのメッセージ。というわけで、わたしも「夢記」を綴ることにしました。夕べもちゃんとみましたよ、夢。ただ、すっかり忘れてしまいました。とほほ、これじゃねぇ。

 

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