ギャップを超えて

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Photo by taka (7D)

週末、岩手の実家に帰省した。父の法事である。このときのことは、ブログの原稿として書いてあるのだが、まだ下書き状態で、アップまで行かない。近日中に気が向いたとき、整えて公開したいと思う。今日の写真は、そのときに妹が持って来てくれた(ぼくの大好物の)マルセイバターサンドである(笑)

昨日の記事の最後に、ツイッターのhamアカウントの冬眠のことを書いた。そこには特に理由などを書かなかったけれど、hamアカウントを止めることは、実は、前々から考えていたことだ。

いつにするか、ずっとタイミングを考えていて、踏み切れていなかったが、とうとう昨日、「誤解」のこともあったし、それが「時間と場所が整った」と判断して、ちょうどいいかな、ということで決めたのだ。

hamは、ぼくがスピリチュアルに気づきを得た中で思い付いた名前だけれど、これはネット上の人格でもある。リアルな人格は、ここにいるtakaである。同一人物とは言え、hamとtakaは、違う存在であった。当初は違って当たり前だと思っていた。だが、あるときから、hamとtakaの間に横たわるギャップが気になり出して、いつかhamとtakaは統合しないといけないな、と考えるようになっていた。

ここのブログの前に、「地球を救え」ブログのhamと、「なるようになるさ」ブログのtakaが並行世界の同一人物のように同時に存在したことがある。あの頃は、まだhamとtakaは、同時に存在出来たのだ。

だが、今、もうhamはここにはいないように思う。一足先に天空に帰っていったのかもしれない。今のぼくには、地球を救えのときのような文章は書けないし、あの頃の気持ちを思いだそうとしても苦しいだけだ。

だから、hamアカウントは冬眠中にしたのだ。ほんとは削除しようと思ったけれど、なんだかそれも忍びなくて、冬眠中、ということにしてしまった。

ネットとリアルのギャップを埋めようとする試みは、まだまだ終わったわけではないけれど、とりあえず、hamとtakaの問題はこれで解消したような気がする。

hamは、もう、ここにはいない。

とは言え、ぼくのことを「hamさん」と呼んでくれる方々は、もちろん、今まで通り、そのまま呼んでください。いきなりtakaさんとか違和感だろうし(笑)。ぼくの方もどちらでもいいので。

それから、昨日書いた「誤解」の続きだけれど、ぼくは誤解されたら、誤解だよ、違うよ、と一度は返すけれど、誤解を解くまで説明したりしない。一度で通じなければ、誤解されたままでも構わない。その人にとって、その人の世界の中では、多分、それは誤解ではなく、その通りなのだ。

ぼくの存在は、その人にとってそれだけのものでしかないってことでもある。外面を見て、簡単に決め付けられる程度の薄っぺらの人物である、ということなのである。

それなら、それでいいと、ぼくは思う。薄っぺらでも構わない。その人の世界にいるぼくは、ぼくとは違うし、ぼくには関係ないことだ。

ぼくは、誰かに好かれるために生きてるのではなく、誰かを好きになるために生きている。
誰かがぼくに対して何を考えようと、どうでもいいことだ。
条件付きで好意を示されても、ぼくにはどうすることも出来ないし、たとえ、地球上の人類すべてが、ぼくを否定したとしても、ぼくは構わない。

ということで、スピリチュアルな人格の表現として存在したhamがいなくなった今、荒い3次元の波長の現実で生きるぼくだけが残った。

とは言え、スピを捨てたわけではない。

hamから教えられたエッセンスを忘れないようにしながら、現実社会において、「何が何でも」ぼくらしく生きていこうと思う。

今のぼくは、とにかく自分に正直に生きることがスピである、と考えている。


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