登って来た山が崩れてゆくみたいな?

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Photo by taka (31MR)

いつかどこかで、人生を山に例えた話を聞いたことがある。そのときは、ふふんと思って聞いていたと思うけれど、なぜか先日、その話を急に思い出し、真剣に考えていた。
ぼくの人生を山に例えるなら、どんな山の形をしており、今は、どの辺りを歩いているのだろう?というようなことをぼんやりと考えていたのだ。

山の形はともかく、年齢的なことを考えたら、もう人生半ば過ぎていると思われるので、頂上に辿り着いて、今や、降りている段階が順当に思えるのだけど、ぼくの中では、まだ頂上に辿り着いてはいないのである。まだまだ5合目ぐらいの気持ちだ。しかも、ちょっと気合を入れて、その様子を(想像の中で)見つめようとしたら、頂上を目指しているぼくは、小走りになっており、登ったそばから、後ろが、どんどん崩れているのである。文章で書くのは難しいけれど、わかるだろうか、後ろを振り向いたら、そこにはもう道はなく、崖になってる感じ。

自分の歩いて来た道が、どんどん崩れて行く様は、今までの人生、地道に歩いて来たわけではないことを示しているのだろうか、それなりに頑張ってきたつもりなんだがなあ、等と、自分の中で繰り広げられる想像か妄想かわからないイメージに動揺しながら、考えていた。

「なるようになるさ」の「ぼくが死んだら」あたりで書いた記憶があるけれど、自分の持ち時間が残り少なくなって来たような気がすることと、日本では311のあたりから増えて来た数々の災害や、起きてしまった原発事故、或いは、最近の社会のキナ臭さなどで、ゆっくりと落ち着いていられず、のほほんとしていられないような状況を感じてしまって、ついつい、そんなイメージを浮かべてしまっているののかもしれない。

今、ぼくに必要なのは(ホントは、今だけでなく、常になんだが)、外側の世界に翻弄されることなく、どっしりとあるがままでいることなのだと思う。わかっているのだが、どうも、最近のぼくは、気が付くと、いろいろと急いでいる。


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