恋の燃えかすを一気に燃焼させる方法

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Photo by taka (7D)

誰かに恋をしてしまった場合、それが思い通りうまくいってしまう確率はほとんどない。もちろん、それは、ぼくの場合だけれど。

恋をすればするほど、うまくいかない結果が、心のどこかに記憶されていく。樹にナイフで傷を付けて何かを記録するように、表皮がえぐられるように記録されていく。それは決して自然に癒えることはなく、何らかの癒しを与えない限り、心の成長とともに、傷も成長していく。

子供の頃から今に至るまで、想いが届かない経験は数え切れない。届いたと思っても、次の想いが届くとは限らない。人の心は変わるものだ。そうなれば、知らぬ間に引っ越されて、宛先不明のなった郵便のように、想いは行き場を失い、戻って来る。しかも、以前に届いたと思っていたはずの想いまで戻って来たりする。

戻って来た想いは、例外なくボロボロだ。

恋を失くせば失くすほど、人は優しくなれると言うけれど、本当だろうか。過去のさみしかったり、かなしかったりした記憶が、現在の記憶に重なり、どれが今の気持ちなのかわからなくなってくる。混乱してくる。そんな状態で優しさを発揮出来るものだろうか。

酷い混乱の中、誰のことを好きで、何に対して悶々としているのか、わからなくなって来ることさえある。それは、果たして、恋なのか。もう、違うものになっているのではないのか。

人は、自分に起こった出来事について、過去の経験と照らし合わせて理解する性質がある。それは学習能力と言われるもので、再び同じ過ちを繰り返すことがないように、次の行動の選択を助けてくれることもある。

しかし、今、起こっている出来事は、どんなに似ていたとしても、過去の記憶とは別のものだ。まったく同じ出来事は起こらないのだ。ところが、過去の記憶が強ければ強いほど、今起こっている出来事に影響してしまう。今は起こっていないことなのに、過去で起こった出来事が起こっているかのように錯覚してしまうこともある。

スピリチュアル的には、過去も未来もなくて、今、ここしかない、と言われる。実際のところ、現在起こっていることを理解するために、過去の記憶と照らし合わせることは、今を理解する上ではやってはいけない行為である。

真っ暗な中で、そこにあるものを見るとき、光を使う。

今という光で照らして見れば、そこにあるものは今が見える。だが、過去という光で照らして見れば、そこにあるものに過去が見えてしまう。今は決して見えない。そういうものである。

過去で照らして得た経験など、何の意味もない。なぜなら、その経験はもう済んだものだから。それでも頭ではわかっていてもついつい繰り返してしまうのは、過去の経験に対しての不完全燃焼をなんとかしたい、と思っているからなのだと思う。

だとしたら、過去の不完全だった部分を取りだして、今、完全燃焼させればよいのかもしれない。インナーチャイルドに対する癒しを行うような感じで。

とは言え、過去の不完全燃焼で出来た恋の燃えかすを集めて、強い火力で一気に燃焼させてしまうには、どうしたらいいんだろう。

やっぱり強烈な恋をするしかないのかな。
(そして、また、失恋をし、燃えかすが増えていく(笑))


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