透視のメカニズム(仮説)
投稿:2020年11月26日
更新:2020年11月26日
見える世界、見えない世界のことを考えてたら、透視のメカニズムについてわかった気がした。もちろんぼくの妄想、仮説でしかないので、話半分でお読みください。
この宇宙を、ひとつの海に例えてみる。
このとき、ぼくたちひとりひとりは、無数に存在する波のひとつである。海(宇宙)は、消滅することなく永遠の存在であるが、波たち(ぼくたち)は、発生しては消えていく無限に繰り返されるライフサイクルがある。
波(ぼくたち)は、波(ぼくたち)でいるときだけ、自分が波(人間)であることを自覚しているが、海(宇宙)であるとは思っていない。だが、波(人間)のライフサイクルが終わり、海に溶け込んたとき、自分たちは海(宇宙)そのものだということを思い出す。
それが人間と宇宙の関係である。
宇宙を神と置き換えて、人間と神の関係、と言ってもよい。
そして、ここまでは、このブログの過去のどこかで書いた内容だ。
さて、透視である。
透視とは、視覚を使って見ることが出来ないものを、視ることである。光を通さない属性の物質で遮られた向こうは、人間は視ることが出来ない。人間の目は、光にのみ反応するように出来ているからだ。
しかし、透視能力を使えば、遮られて見えない景色も視ることが出来る。しかし、そんな能力って、本当にあるのだろうか?あるとしたら、どんな理屈で視えるのだろうか。今日書くのは、透視能力というものが存在するという前提で、その理屈についての仮説になる。
日々、活動しているぼくは、ひとつの波の状態だ。
他人や自分以外の存在は、別の波なので、自分とは異なるものと認識している。
個々の波は個別化しているので、五感を使った物理的なコミュニケーションは出来るけれど、一体になったりはしないし、互いの細かな状態は知り得ない。
しかし、個別化しているとはいえ、波とは、海の一部であり、海そのものである。波同士は、海でつながっている、という表現も出来る。となると、つながった部分を介せば、個別化して別々になったもの同士でもコミュニケーションが出来るではないか。
活発に日常生活を行っているときは、しぶきになっている波の上部が活発になり、波としての性質が強く出ている状態だが、睡眠や瞑想のような状態になると、波の上部はおとなしくなり、下部の活動が顕になるのではないか。波の下部は、海と接続しており、海を通して、他の波の状態を知ることが出来るのではないか。
他の波の状態を知る、ということは、その波の形もわかる、=透視、ということになるのではないか。
透視する人が視えるものや、ぼくが瞑想しているときに視える映像は、このような波の下部を通して、他の波とつながった結果、知り得る情報なのではないか。
このときの波の振動を脳波の周波数と置き換えると、より低い周波数の方が現実から離れた世界に繋がる可能性が高いようにも思う。
透視のメカニズムは、テレパシーのメカニズムと同じかもしれないと考えることが出来る。波の形も波の思考も海を通して知る、という意味で。
そもそも、何もない宇宙で、ぼくたちが具現化したのは、何らかの理由で波が発生したからである。波の干渉が次元を作り出し、物質を作り出した。波の材料にはもともと思考が含まれていたので、今のような宇宙になった。
物質同士のコミュニケーションは物質の次元で制限されるが、もともとの宇宙を通せば、すべてつながっており、何もかもわかる、というのが、透視のメカニズムのように思う。
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