ミラクルソウル

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Photo by taka (X2)

今日の帰りのウォーキングは、神谷町の交差点から城山の坂を上り、テレビ東京の横をかすめてホテルオークラの前を突き抜け、溜池山王に出る道を試してみた。今まで、まるでルールが決まっているかのように、ホテルオークラの角をアメリカ大使館方向に曲がっていたので、今日は、なんだか掟破りをしたような爽快感も味わえ、新鮮で楽しかった。

ブログでは、都会の風景に圧倒されて寄り道ばかりしているような書き方をしているけれど、ぼくは、基本的には、どんどん歩く。もう少し立ち止まりながら、行く先々の景色を楽しむ余裕があってもいいんじゃないのか、と思いながらも、どんどんどんどん歩いている。

どんどん歩きながらも、楽しいと思えるのだから、それでいいのだと思う。
きままに、1人で、想いのままに、ぼくは歩くのが好きだ。

それでも、歩きながら、一緒に歩く人がいたら楽しいだろうなと思うときもある。
その人は、ぼくと同じように、どんどん歩く人ではあるけれど、歩きながら、立ち止まるポイントをタイミングよく提案してくれる女性がいい。

そして、ぼくは、「もっともっとどんどん歩きたいのだ」と思うこともなく、素直にその提案を受け入れる。例えば、今日のコースであれば、赤坂見附の巨大な歩道橋の上で立ち止まり、通り過ぎる車を見送りながら、麹町方面に行くか、四谷方面に行くか、2人で決めていたかもしれない。

などと都合のいいことを書きながら、ほんとはそんな相手はどこにもいないのだ、ということを、最近、うすうす気付いて来た。

そのような人は、どこを探してもいないのだ。

もしも、いるとしたら、それはもうひとりのぼくである。でも、もうひとりのぼくなど、少なくてもこの地球上にはいないので、どこにもいない、ということになる。

どこにもいないけれど、ぼくの中には、ぼくがいる。
今までだって、ぼくの中のぼくと歩いて来たではないか。

ぼくが孤独をよしとするのは、ぼくの中のぼくの存在が大きいからかもしれない。所詮、ぼくの中にあるものは、例え、それがぼくだとしても、ほとんどエゴでしかないのだろうが、今のぼくには、大切な仲間なのだ。

ぼくは、今、このエゴたちと歩いている。

帰りのウォーキングだけでなく、人生すべてにおいて、エゴを消し去るのではなく、エゴと一緒に進化しようとしている。

なんかおかしなことを書いているけれど、最近のぼくは、歩きながら(または歩いていないときも)、そんなことをよく考えている。


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