誰かに理解してもらう必要はない

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Photo by ham (X2)

ぼくらは、生まれた途端に、常に誰かの評価の対象となる。親に評価され、友達に評価され、先生に評価され、同僚に評価され、上司に評価される毎日。恋人に評価され、妻に評価され、家族に評価されている人たちもいるかもしれない。まるで評価されるために生まれて来たようだ。

本当は、常に評価されているわけではない。人間は、自分が興味のない相手には、評価のような面倒なことはしないからだ。それでも、ぼくらは常に誰かに評価されていると思い込むクセがある。

常に評価されることを意識して生きていれば、出来る限り良い評価を得るために、本当の自分をどこか暗い所に押し込めて、これなら大丈夫、というような自分を演じてしまうようになる。出来るだけいい子ちゃんでいようと思うようになる。なんせ、子供の頃から、いい子にしてなさい、と教えられて育つのだから。

そして、演じた自分が上出来なら、周りの評価は高くなる。

「あなたは素敵な人だ。」
「気配りの出来る大人な人だ。」
「素晴らしい人格だ。」

そんな風に、まわりの評価は高くなる。それに気を良くして、さらに上出来な演技をしようと頑張り続けてしまう。まるでそれが自分の人生の姿であるかのように。そして、その頃には、本当の自分を暗い所に押し込めてしまったことを忘れてしまっているはずだ。

ぼくらは、ぼくらの人生を歩まなければならない。
でも、それは闇の中に封印されたまま、人生を終えることになる。

もっと自分らしく生きよう。
ありのままでいよう。

スピリチュアルな世界ではよく言われること。

でも、自分らしく生きようとすることさえ、演技になりかねない。ありのままでいることすら、知らず知らずのうちに演技でやっている。なぜなら、ぼくらは、言われた方向に対して、評価を得ようとしてしまうから。この場合は、自分の人生に対して演技してしまっている、というか。

自分らしく生きる前に、ありのままいる前に、ぼくらは評価を恐れず、演技をやめなければならない。

演技を止めた途端、ヘマをやらかす自分が現れて、評価が下がってしまうのが怖いかもしれないけれど、評価を気にしていたら、自分らしく生きることは出来ない。ありのままでもいられない。

評価を気にせず、演技をやめてしまおう。演技と評価の繰り返しから抜け出し、暗い所に押し込めた自分を引っ張り出すことが大切だ。

誰かの評価なんて、本当はどうでもいいこと。自由になるとわかることだと思うけれど、評価なんてものは幻でしかないのだから。演技までして、誰かに理解してもらう必要なんかない。

誰かの理解を必要とせず、誰かの評価など幻であることに気付き、ただただ、本当に自分で生きることを始めれば、ぼくらはすぐに自由になる。ありのままでいようなどと考える間もなくありのままになる。

だいたい、ありのままでいよう、と思うこと自体、全然、ありのままではないのだから。


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